東日本大震災であいついだ温水器からの水もれについての提言

東日本大震災で多発した温水器からの水もれ被害についての提言
2012年4月
マンション維持管理支援・専門家ネットワーク

 東日本大震災では、首都圏や仙台市内のマンションにおいて、室内温水器の転倒や配管の損傷が原因で水もれし、下階などに被害をあたえることが多かった。そのために上下階のトラブルが多くおこり、管理組合も難しい対応をせまられている。
 温水器ならびにそのまわりの配管は専有部分にあたる。地震の場合、上階の区分所有者が、故意または過失にもとづく不法行為責任(民法709条)を問われることはほとんどないと考えられる。しかし、専有部分である設備の「設置または保存の瑕疵」があったことが水もれの原因の場合、上階の責任が問われ、下階の人は上階に損害賠償を請求できる(工作物責任民法717条)。
 このような事故にそなえて損害保険をかけ、個人賠償責任特約を契約している場合でも、損害保険の約款が定める「地震免責」にあたるとされて、保険金が支払われないことが多い。そのため、上階の人も、急に多額の出費を強いられることになり、払えず、あるいは保険会社すら免責される状況で自らが払う責任を感じられず、上下階の争いが大きくなっている。地震保険も設備の被害については十分に考慮されていない。地震保険や損害保険を契約していても、いざというときの助けにはならないことが今回の震災で明らかになった。
 この問題については、昨年10月20日東京地裁で「震度5では地震免責は認められない」という画期的な判決も示された。しかし、損害保険会社が控訴した上級審では、この判決がくつがえされた(この高裁判決が確定)。問題を抱える損害保険の制度を延命させ、マンション居住者を不安のままにする判決は遺憾である。
 当ネットワークでは、今回の震災における温水器からの水もれ被害のトラブルについて、現場で相談にのってきた経験もふまえ、それぞれの専門の立場から学習と意見交換をおこなってきた。参加者は弁護士、一級建築士マンション管理士マンション管理組合や管理会社の関係者などであり、これは、それをふまえた提言である。

1、東京地裁判決の検討---損害保険の「地震免責」をただした大きな判決

 昨年の東京地裁判決は、概要、次のような判決と報じられている。
 東京都杉並区の9階建てマンションで、6階住戸の温水器の配管から水もれして、5階が復旧工事を余儀なくされた。5階住戸の区分所有者と居住者が原告となり、6階住戸の区分所有者と、6階住戸の区分所有者が契約していた損害保険会社を被告に、それぞれにたいして、復旧工事費用と慰謝料の損害賠償金の支払い、その原資となる保険金の支払いを求めた。
 2011年(平成23年)10月20日東京地裁判決(小林久起裁判官)は、6階の温水器の水もれした配管の部分が老朽化で劣化していたことから、それを水もれの原因と認め、6階の区分所有者には工作物責任にもとづく約110万円の損害賠償金の支払いを命じ、同時に、日本は地震大国であるから震度5強では地震免責は認められるべきでないとして、損害保険会社には同額の保険金の支払いを命じたとされる。
 民法709条の不法行為責任の前提となる「過失」は、「ひと」に注目した概念であるのにたいして、民法717条の工作物責任の前提になる「瑕疵」は「もの」に注目した概念である。維持保全のために努力をしたかどうかではなく、モノとして客観的に「あるべき性能」をそなえていたかどうか、が問題となる。今回の事件で上階の工作物責任を認めたことについては、従来の裁判例もあり、下階の請求・主張は正当だと考えられる(参照・福岡高等裁判所平成12年12月27日判決、判例タイムズ1085号257頁)。
 また、生命保険業界は、地震免責条項があるにもかかわらず、今回の東日本大震災の被災者に対して生命保険金の支払いをおこなっている。その対応と比べても「地震免責」を根拠に支払いをしぶる損害保険業界の対応には大きな問題がある。東京地裁判決が、地震大国日本において震度5強では免責を認めないとしたのは当然であるとともに、損害保険のあり方をただすきっかけとしていかなければならない。
 これに対して今年3月19日の東京高裁判決は、損害保険の約款が地震免責について震度の制限をしていないことなどをとらえて、「地震免責」を認める判断を示した。しかし、保険金の支払いが免責される他の理由が、戦争や革命、噴火などであることとのバランスを考えても、「地震免責」は激しい揺れの被害に限られるべきである。
 なお付け加えれば、判決文のなかで裁判官が言及したという気象庁の震度等級表にもとづく「震度5強でも耐震性の高い建物では特段の被害はない」ということは構造躯体についてであり、設備については言い過ぎのきらいがある。国土交通省も、温水器からの水もれ被害の多さに、室内温水器をアンカーで固定するようにようやく昨年に通達を出した。裁判官が「マンションの他の住戸や近隣で温水器からの漏水事故がなかった」としているのも、首都圏ですら水もれが大問題になっている現状にあわない。どちらも、判決の理由づけからも不要ではないかと考えられる。

2、上下階の争いをどうなくすか

2−1、損害保険会社−−「地震免責」の濫用をやめ、真摯に支払いに応じよ
 今回の事件と同様に、多くのマンションで上下階の争いがおきている最大の原因は、損害保険会社が「地震免責」を理由に損害保険金を支払っていないことにある。東京地裁判決が指摘したように、震度5強では地震免責は認められるべきではない。また、損害保険金の支払いは、後述するように損害保険に対する信頼を高め、加入を促進する効果もあると考えられるので、損害保険会社も支払いを渋る対応をすべきではない。

2−2、管理組合−−-専有部分も管理の対象に
 また、管理組合が専有部分の維持・管理であっても個人まかせにせずに、マンション内でトラブルをおこさないように日頃からとりくむことが大切である。
(1)専有部分も一括して個人賠償責任特約をかける
 第一に、損害保険のかけ方である。被害を下階に与えてしまった人のなかには、損害保険の個人賠償責任保険特約に加入していない人も少なくなかった。
 すでにすすんだ管理組合がおこなっているように、トラブルを未然にふせぐという観点からは、マンション総合保険などで、専有部分についても個人賠償特約を一括してかけておくことを検討すべきである。最近では新築時からこのような契約を管理組合がしているマンションも増えている。いくら専有部分が区分所有者個人の財産だったとしても、「専有部分の保険は各自まかせ」では、いざというときに困るのは、保険に入らないまま事故をおこした部屋だけでなく、その下階などの人たちも大変な思いをする。
 保険会社に「地震免責」の濫用をやめるようにただしていくこととともに、専有部分も一括して個人賠償特約をかける管理組合がふえることがのぞまれる。
●損害保険、地震保険の制度改正で保険の「すきま」をなくす
 もちろん、個人賠償特約は万能ではなく、震度6震度7を記録した仙台などの地域では、損害保険会社の地震免責が認められるべき場合もあるだろう。これについては、その地域が震度いくつのときから免責になるのかを約款でもハッキリさせるとともに、損害保険が免責になったときに補う役割をもつ地震保険を見直し、対象を構造躯体だけでなく設備などにも広げて、個人賠償特約が免責になるときは地震保険が対応できるようにするなど、保険の「すきま」をなくす制度改正が必要だろう。
(2)個人で管理がむずかしい専有部分の配管などは共用部分と一体に維持管理
 第二に、大規模修繕工事など、マンションの維持・管理の工夫である。
大規模修繕工事などでは、専有部分の維持管理もあわせておこなう
 今回の東京地裁で争われた事件でも、上階の人は平成19年にメーカーによる点検をうけていたにもかかわらず、瑕疵を発見することが出来ず、責任をとわれた。床下の配管など、専有部分といっても区分所有者には維持・管理がむずかしいところは多い。それらを管理組合が責任をもって管理することも、ひとつの前進的な方向である。
 積極的な管理組合では、共用部分の配管(たとえば給水管)の更新時に、専有部分の配管の更新もあわせておこなっている。そして、このとき工事に協力した住戸については、工事した部分から水もれなどの事故があった場合、専有部分であっても管理組合が責任をもつことを管理組合として決めるとともに、協力せず更新しなかった住戸については、水もれなどの事故がおきたときに管理組合は責任をもたず、住戸が責任をもって対応することを約束した「念書」をとるなどしている。
 管理組合の負担で、室内温水器を金具で耐震固定し、被害を小さくしたマンションもある。
修繕積立金の適切な設定や、規約の改正などが前提になる
 これらは上下階の無用なトラブルをなくす先進的なとりくみとして注目されるが、修繕積立金との関係をふまえた対応が重要である。
 第一に、専有部分の維持管理まで管理組合がおこなう場合、修繕積立金が足りなくなる可能性がある。修繕積立金を適切に設定することが必要である。
 第二に、国土交通省のマンション標準管理規約では、専有部分の工事に修繕積立金を使用することはできないとされている。規約改正も必要になる場合がある。
●管理組合できちんと引き継ぐべきことは、総会で決議しておく
 さらに、上のような「念書」をとっても、区分所有者が交代した場合、次の区分所有者に対しては効力がないことに注意が必要である(滞納管理費のように承継されない)。
 区分所有者が交代するときには、次の区分所有者に働きかけ、協力を得て必要な工事をおこなってしまうことがのぞましい。管理組合が管理会社などの協力をえつつ、区分所有者変更届などの管理をきちんと行うこと、過去の工事の状況についての引き継ぎをきちんと行うことが欠かせない。
 具体的には、どの住戸が管理組合に協力せずに更新工事をしなかったのか、住戸番号を明らかにした上で、他の住戸での事故については管理組合が責任をもつことを、理事会決議にとどめず、総会において決議し、記録に残している管理組合がある。このようなとりくみが重要である。

3、管理組合は、再発防止と紛争は、きりはなした対応を

 上階の区分所有者が個人賠償特約を契約していない場合、上下階の争いをどう解決するかはむずかしい問題となる。下階の人は訴訟などで上階の責任を追及しようにも、はたして「設置または保存の瑕疵」があったかどうか、多くの場合、立証には上階の協力が必要で難しい。また、訴訟になっても、損害保険会社が原資を支払うのでなければ、東京地裁判決のように、下階の請求が認められるとは必ずしも言い切れない。実際に六十数戸のマンションで、十戸以上が水もれし、二十戸以上が被害を受け、下階に対しては加害者に、上階に対しては被害者に、という複雑な関係になったマンションもある。
 このような上下階の争いをなくすように、今回の震災の教訓から学び、2でのべたような対策をとることが重要である。同時に、争いが起きてしまった場合、管理組合の対応は、ひとつのマンションでこの先も共同生活をつづけることを考えても、両者に中立な対応がのぞまれる。
 たとえば、管理組合としては、再発防止や減災のとりくみのために、水もれ事故の原因究明や報告書などを作成すべきだが、これを上階の責任追及のために下階の人が利用したいと閲覧や複写の請求をしてきた場合にどう対応するかなどが問題となる。
 一般的には、飛行機事故の調査委員会が刑事責任の追及とはきりはなしたところで再発防止のための調査にあたるように、管理組合がこのような調査・報告をまとめる目的も再発防止のためであるのだから、当事者間の紛争の証拠としては提供しない対応がのぞましいだろう。もし管理組合に協力した人は、下階から訴訟などで責任追及されるおそれがあるとなれば、管理組合の調査に協力しない区分所有者が出てくるし、その場合、管理組合としては実態調査すらままならなくなってしまうからだ(専有部分への立ち入りは管理組合には請求権しかなく、裁判所が立ち入り許可の判決を出すことがあるかもしれないが、区分所有者の承諾がなければ事実上不可能である)。

4、今回の震災における水もれ被害を教訓に、抜本的な見直しを検討すべき

 私たちが学習と検討を重ねるなかで、震災であきらかにされた、上下階の水もれトラブルがおきやすいマンションの姿について、根本的な検討の必要性も明らかになった。
●上下階の水もれトラブルをおこさないマンションをつくるべきではないか
 第一に、マンションの性能や管理の問題では、そもそも共同住宅(分譲・賃貸を問わず)においては、管理組合のとりくみの工夫にたよるだけでなく、新築時に、水もれトラブルが起こらないように設計・施工すべきではないか、という問題提起である。
 たとえば、ひとつのフロアごとに防水が施されていれば、上階の水もれが下階に被害をおよぼすことがない。かつてコンクリートの床厚が薄かったときは、各階ごとの防水をすることもあった。そうでなくても、水回りについては防水層をつくり、きちんと立ち上げをとるなど、そこに住む人たちの共同生活やメンテナンスに配慮して、設計・施工の水準をあげるべきである。
●損害保険・地震保険の制度改正と、「すきま」なく適切に支払う保険への転換
 第二に、損害保険については、保険の対象をせばめる、保険金の支払いを渋る、という現在の体質を転換することが必要である。具体的には、地震や災害があったときも「すきま」なく保険でカバーできるように制度を改正すること。とくに「地震免責」条項は改めること。また、保険金の支払い実務においても、必要なことには適切に支払うという態度への転換がのぞまれる。
●専有部分・共用部分という概念の再検討
 第三に、専有部分・共用部分という管理の概念を根本からみなおして、たとえば、配管などは共用部分として(あるいは共用部分と一体として)管理するようなシステムに移行することも検討すべきだという問題提起である。これは水もれにかぎらず、超高層マンションの管理でも、住宅が区分所有建物となっていることによって、将来に禍根をのこすのではないか、という反省にもとづくものである。また、住宅の建築・設計時に管理のことを考慮すべきであるという点において、第一の問題提起にも通じるものである。
阪神淡路大震災以来の教訓を今回こそ生かすべき
 第四に、温水器の水もれトラブルについては、実は阪神淡路大震災においても多かったのであるが、当時は、より大きくて深刻な被害があったこともあるのだろうが、教訓が生かされていない。
 今回の東日本大震災における首都圏や仙台でのさまざまな教訓は、その程度の深刻さにかかわらず、どれもマンション居住を改善する契機として受けとめて、マンションの建設、分譲、維持管理(それにかかわる保険のあり方などもふくめて)などでいかしていく必要がある。

以上